知りたくないですか?社会人から声優になった3人とエピソード紹介

※プロモーションを含みます。

近年のアニメブームにより、声優を目指す人は急増しました。
これは現役の学生だけではなく、社会人の人も例外ではありません。

ですが、社会人になってから声優を目指すのって勇気がいりますよね?
現時点で社会人から声優を目指している人も
このまま努力をすれば声優になれるかと不安になると思います。

そんな不安にお答えして、今回は社会人から声優に転身した声優を紹介します。
社会人から声優になった成功例を見て、モチベーションを上げたくないですか?

今回は肩の力を抜いて読んでいただけると思います。

 

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社会人から声優になった人3選

早速、社会人から声優になった人の紹介をしたいと思います。
どの人もなかなかのインパクトのある話です。
是非楽しんでいってください。

1.田村ゆかりさん

引用:音楽ナタリー

代表作

「魔法少女リリカルなのは」主演

「NARUTO」テンテン役

「シュタインズゲート」阿万音由季役

最初は田村ゆかりさんです。

声優として大成功を収めている田村さんですが、
田村さんも社会人から声優になった人の1人です。
しかも、相当な苦労人とのこと。何があったのでしょうか?

アイドルにあこがれた幼少期

幼少時はアイドルにあこがれていた田村さん。
しかし、小学校時代は高い声がコンプレックスだったため、
わざと低い声を出して友人と話していた時期がありました。

そんな田村さんが声優を目指すようになったのは小学校4年生のこと。
国語の授業で朗読を褒められたのがきっかけで声優を目指すようになったのです。

商業高校に進学してからも、アイドルになるという夢を抱いていて、
演劇部と漫画研究部に入部し、その傍らでアイドルの養成所に1年半通っていました。

仕事をしながら養成所に通う毎日

高校卒業後は、地元の焼酎メーカーで働きながら
声優養成所の代々木アニメーション学院・福岡校に通っていました。

在学中は、地元のKBCラジオの深夜番組でアシスタント担当をしていた時期も。

養成所も無事に卒業でき、アシスタントとして活躍もしていましたが、
声優としてのデビューはその時には迎えられませんでした。

そこで、田村さんはこう考えました。

「自分は更にスキルアップをする必要がある」

そう考えた田村さんは、働いていた焼酎メーカーの仕事を辞め、
上京して新たな養成所へ入ること
に決めたのです。


そして日本ナレーション演技研究所に入所します。

あかね
あかね

すごい思い切った行動ね!

長い間苦労を耐え抜き…

その時の養成所の教授が音響監督を務めたPCゲームに、
ウェイトレス役の声で出演したのが声優デビューになる仕事でした。

声優デビューを飾りましたが、声優としてではなく、歌手としての仕事の方が多かったため、
声優としてのあり方に悩んだ時期もありました。

また、小学生時代の時コンプレックスだった高い声のせいか友人関係がうまくいかず、
養成所でのいじめを経験しています。

その後、アーツビジョン所属となりましたが、声優の仕事がなかったので
長い間バイトと両立させるなど、相当苦労をして下積み時代を過ごしました。

しばらくして、田村さんに転機が訪れます。

1999年、同じく声優の堀江由衣さんと声優ユニット「やまとなでしこ」を結成することになり、
それがきっかけになったかのように、仕事をたくさんもらえるようになったのです。

そして、現在の華々しい成功へと道が開かれることになりました。

あかね
あかね

相当苦労しているのがうかがえるわね。

2.金田朋子さん

引用:シネマトゥデイ

代表作

「おしりかじり虫」おしりかじり虫18世役

「ボンバーマンジェッターズ」シロボン役

「BLEACH」ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンク役

特徴的な声で様々な役を演じ分けた金田朋子さん。

今では声優の仕事だけではなく、バラエティ番組にも出演し露出度が高くなりましたね。
そんな金田さんも、元々は会社員だったのをご存じですか?

最初は普通の会社員だった

金田さんは「お菓子が好き」という理由でブルボンに入社し、新潟本社に勤務されました。
そこでは、労務課で外国人労働者への給与の手渡しや従業員の弁当の個数の確認などを担当していました。

その後は退職し、髙島屋新宿店に転職しておもちゃ売り場で働きます。

あかね
あかね

声優とは無縁の人生を歩んでいたのね。

仕事と両立させるために

その時、当時電通に勤めていたお姉さんから、
声優養成所を進められ、夜間の青二塾東京第二部に通い始めました。

ですが、早番、遅番交代のあるデパート業務では夜間の青二塾東京校に通うが両立が難しく、
時間の融通が利く三井住友銀行・貸金庫担当員へ転職してレッスンを続けます。

2000年4月、青ニプロダクション主催のオーディションに合格し、それを機に銀行を退職しました。

あかね
あかね

養成所に通うために、両立できる仕事に転職したのは得策ね!

3.小林祐介さん

引用:イヤホン・ヘッドホン専門店e☆イヤホンのブログ

代表作

「Dr.STONE」石神千空役

「Re:ゼロから始める異世界生活」ナツキ・スバル役

「炎炎の消防隊」アーサー・ボイル役

最後は小林裕介さん。
純粋な少年から落ち着いた大人まで、幅広く演じ分けることができる声優です。
そんな小林さんも、社会人になってから声優を目指した人であることは声優界では有名でしょう。

飽和状態の声優界に、社会人から養成所に通い声優を目指すなんてとてもリスキーに感じると思います。

ですが、今では大活躍されている声優ですよね。
今現在、社会人の人で声優の夢を諦めきれていない場合にとっては、
小林さんは希望の星と言える
でしょう。 

友達に言われた一言で声優を目指すが…

高校生時代、小林さんは自転車で通学をしていましたが、
アニメのセリフを叫びながら走る癖があったそうです。

このエピソードもなかなか面白いですが、それを友人に話したところ
「声優になれば?」と言われたことが声優になるきっかけでした。

しかし、それをご両親に相談したところ猛反対をされてしまい、
理工学部のある大学に進学することになります。

やりがいを感じない社会人時代

大学を卒業してからは、大手家電メーカーに就職することになった小林さん。
群馬県でエアコンの開発を担当していました。

ですが、物足りなさを感じる日々…。
そのためか、休日に歌のレッスンを受けるようになります。

ところがそのレッスンの講師が、声優と縁のある職業だったのです。
その講師に「声優になりたかったんです」と語ったところ、
「興味があるならやってみたらいいじゃないか」と背中を押されたそうです。

それをきっかけに、24歳の時に会社を退職。
高校時代、声優を目指すことに反対していたご両親は、
退職時には声優をやってみればいいと言ってもらえました。

その後、アミューズメントメディア総合学院に入学をします。

心機一転声優を本気で目指す

夢を追う一心で養成所に入り、所属事務所はゆーりんプロに決まったものの、
しばらくアルバイトをしながら生活をする日々を送りました。

退職してから4年が経っても取れる役はモブキャラで、
両親と顔を合わせるのが気まずく、両親が寝付いてから家に帰るようにしていました。

とある声優に触発される

声優として腐りかけていた時、ある声優が演じる主人公を「めちゃくちゃかっこいい」と思いました。

その声優の名前はの松岡禎丞さん。
松岡禎丞さんと言えば、鬼滅の刃の嘴平(はしびら)伊之助で有名ですよね。
あの演技力に加えて、仕事に対して情熱的な姿は同じ声優の目を引くところもあったのでしょう。

その時のことを、小林さんは以下のように語っています。

僕はそれまで「松岡には負けてない」と勝手に思っていたんですけど、
全部僕の思い上がりで、幻想だったと思い知らされました。

自分に対する評価がグンと下がったことで、
「実力がないならつけるしかない」と、もう一度奮起することができたのだと思います。

引用:ライブドアニュース

それからは、事務所に掛け合ったり自分のツテを頼ったりします。
なぜかと言うと、高校生向けの演劇鑑賞会に出たり、ミュージカルに出たりと、
とにかく芝居をする機会を増やしてスキルアップに専念するからです。

小林さんは、

「それによってどのくらいお芝居がうまくなったかは自分では分かりませんけど、
思い切りだったり度胸のようなものは確実についたと思う」

と語っています。

その後、企業用ナレーションという、プロとしていただいた最初の仕事をきっかけに
ナレーションの仕事を中心に活動を始めます。

2013年テレビアニメで声優デビューを果たし、2014年にテレビアニメで初主演を飾ったのです。

あかね
あかね

最初は苦境に立たされていた小林さんのサクセスストーリは
今声優を目指している人に希望を与えてくれますね。

この3人に共通すること

以上3人のエピソードを紹介しました。
どの人も、高校卒業してから養成所に通うのが典型な声優の中では
異色の経歴を持つ人物だと言えます。

境遇は違えど、一度社会人を経験した3人に共通していることは以下の2つです。

  • 苦労している
  • ターニングポイントで思い切った行動をとっている

やはり、高校卒業してから養成所に入る人から後れを取って、
しかもその人たちと勝負をしなければならないため、
社会人から声優になる人は、人生の選択を余儀なくされることが3人の話から分かるでしょう。

また、実力はあるのに、声優を目指すのが遅れたために下積み時代が長かったりと、
小林さんの話で詳しく語られていますが、社会人から声優になる人はプレッシャーを感じることが多いと感じますね。

まとめ

いかがでしたか?

3人に共通して言えるのは、
社会人から声優を目指すと苦労することは多いですが、
諦めなかったり、努力の仕方を工夫すれば、
夢を叶えることができることを証明してくれること
です。

社会人から声優になることを考えている人は、
その道に進んだとしても、苦労することが多いことは覚悟しておいた方がよさそうです。

ですが、その上で声優の夢をかなえることができれば、喜びもひとしおになるのだと思います。

 

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